2012.11.25

ジャイアンツ優勝パレード

待ちに待ったこの日。今年、大田原ではなくつくばマラソンを選んでいなくて良かった〜!

家を出る前に、録画の予約を忘れずに。CS放送の日テレG+では、パレードの生中継があるのだ。少し前に日テレG+の契約をしたのだが、本当にお世話になっている。

パレードは10時20分から。1時間半前には現地に到着できるようにし、最強ダウンやら膝掛けで寒さ対策も万全。現地へは、うちから歩いていける。どこでパレードを見るか。これは前から決めていた。日本橋のまさに橋の上。歩道が狭いので、選手の視線が分散しないうえ、スタートしてすぐなので、選手たちの気持ちもまだ新鮮なはず。問題は道路の右か左か。これはもう賭けでしかない。選手たちのバスの号車と座席は指定されているようなので、自分で選ぶわけではないのだ。迷った末、進行方向右側へ。

私たちが着いた時にはかなり多くの人が集まっていたが、かろうじて1列目を確保。ビニールシートを敷き、トムが買ってきてくれたスタバのコーヒーを飲みながら、その時を待つ。

読売新聞社と報知新聞社の旗を配っていたが、それは振らなかった。私には他に持つべきものがある。名前入りゴールドタオルと背番号入りレプリカユニフォーム。1万円以上するので買うのを躊躇していたレプリカユニフォーム、ついに買ったのだ!寺内選手のユニフォームは売られていないので、特注。ドームのアディダスショップで無地のユニフォームを買うと、お願いすることができる。

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選手の乗ったバスが見えるとみんな大興奮。さあ、何台目に寺内選手は乗っているのか。

1台目のバスの先頭で1番目立っていたのは、原監督ではなく阿部慎之介選手であった。1台目のこちら側には、谷選手、由伸選手、藤村選手…。背中を向けている反対側にも00の背番号は見えない。

2台目、杉内選手、山口選手、西村選手、高木選手…。投手ばっかりだな。反対側に内海選手や澤村選手がいるようだ。

よっしゃ、3台目か。えらくにこやかな村田選手が目に付く。そういえば、反対側に「博多から来ました。東福岡高校出身村田修一選手」と書いた横断幕を持った年配のグループがいたな。反対側じゃん。あれ、寺内選手がどこにもいなかった。背中を向けている選手達に目をこらすと、あぁ、あんなところに。トムと一緒に一生懸命避叫んだけれど、こちらには向いてもらえず。

2分の1の賭けに負けてしまった。今思うと私の特にお気に入りの選手は、ほとんど反対側にいたような。

バスに乗った選手たちとの距離は思いのほか近く、ユニフォームを掲げて「おめでとう〜!」と叫んでいた私は、何人かの選手とバッチリ目が合った。選手たちは、パレード慣れしていないのか(当たり前だ)、照れておとなしめに手を振っている人が多かった。

たくさんのファンと一緒に日本一の喜びを分かち合い、選手たちに直接おめでとうとありがとうを言えるパレード、本当にサイコー。私に(やや無理矢理に?)連れて来られたトムも、大興奮&大満足。そうでしょ、そうでしょ。

来年も同じ場所でパレードを見よう。そのためには来年も日本一だ〜!!
2012.11.23

大田原マラソン完走記 その2

25キロくらいでトムがトイレに行きたいと言ったのでそこでお別れ。私もそろそろトイレに行きたい気持ちはあったけど、なにせタイムに余裕がないので我慢、我慢。

24キロ以降は、ほぼずっと緩い上り坂。少し向かい風も感じる。それまでと同じように走っているつもりでも、1キロ当たり20秒近くペースは落ちていたようだ。景色にあまり変化がなく、応援も少ないなか、自分のモチベーションになったのはやはり関門。上りだからペースが落ちるのは仕方がない、とにかく次の関門までは頑張ろう、と目の前の目標をひとつずつクリアしていく。

30キロを過ぎても特に壁のようなものは感じず、脚は動いていたが、脛の筋肉が攣りそうな感覚が出始めた。1度走るのを止めて、その部分をさすってみたけれど、何も変わらない。なにせ私は、あまり脚が攣ったことがないので、対処法がわからないのだ。そのうち、左脚の同じ部分も攣りそうになり、左の足首から先が痺れて、感覚がなくなってきた。ヤバイ、ヤバイ、万が一攣ったら走るどころか歩くことさえできなくなってしまう。結局、なんとなくだましだましに走っているうちに、攣りそうな感じは治まってきた。

第三関門は4分前に通過。けっこうきつめの上り坂を走りながら、トムが追い付いて来ていないことを思い出し、収容バスの雰囲気を後で聞いてブログに書かせてもらおうと考えていたら、「ナイスラン」と私の肩を叩き、軽快に走り去るトム。なんなのだ、そんなに元気ならもっと早く追い付いても良かったんじゃないのーと不思議に思う。トムは驚くべくペースで走り抜けて行ったので付いて行くことはせず、マイペースで最後の関門を目指す。

38.3キロ地点の最後の関門を打ち切り3分前に通過。スタッフの方に「おめでとう〜」と声を掛けられた。とりあえずこの関門をクリアできれば、制限時間の4時間を過ぎてもゴールさせてもらえるのだ。あぁ、これでなんとか完走はできそう。

せっかく完走するのなら、ちゃんと4時間切りたい。あと5キロの地点でタイムが3時間29分ちょっとだったので、残りはキロ6分を超えなければ4時間切れるはず。微妙な上り基調はあいかわらずだけど、ペースはなんとか保てている。数百メートル先に、トムの姿も見えている。

競技場のトラックをその時できる精一杯の力で走り、先にゴールしたトムに手を振りながらゴール。3時間58分54秒。狙ってもなかなかできないほどギリギリサブ4だ。自己ベストには及ばなかったが、もともと今日は狙っていなかったので仕方がない。ほぼ予定通りのレース展開で、目標の4時間切りを果たせて大満足。トムは私の2分ほど前にゴールしたらしい。月間走行距離が100キロの週末ランナーとは思えない。

ゴール後は参加賞のTシャツなどをもらい、その場で完走証を発行してもらえた。イベント会場でなめこ汁などの温かいものが振る舞われているらしかったが、駅までのシャトルバスが3時に終わってしまうので、遊んでいる暇はない。ギリギリ完走のランナーには、ゴール後も余裕がないのだ。ちなみにSSサイズのTシャツもすでになくなっていた。

着替えるために体育館に向かうも、入口手前で激しく右脚がけいれんし、立っていられなくなった。右脚を伸ばそうとしたら、今度は左脚がけいれんし、一緒に股関節辺りの筋肉も攣ってしまった。地べたで完全に横になって苦しむ私に「何ふざけてんの?」と助けてくれないトム。その時ばかりは本当にトムを恨みました。結局けいれんに慣れていないトムもオロオロするばかりで、治まるまでの数分間、地獄の苦しみを味わった。

急いで着替えてシャトルバスに乗り、1時間に1本しかない新幹線に飛び乗った。なんとか座れてひと安心。

大田原マラソンは、とにかくストレスのない大会。受付、着替え、トイレ、スタート、給水(ゼネラルもテーブルの間隔が離れていて、水とスポドリの表示もわかりやすい)、ゴール後まで、混乱したり不快な思いをすることなく、何もかもがスムーズだった。応援はたしかに少ないけれど、地元のおじいちゃんおばあちゃん、小さな子供たちが一生懸命応援してくれる。大会スタッフやボランティアの人たちはみな親切で気持ちが温かい。何より、地元を挙げてこの大会を盛り上げようという意気込みが痛いほど伝わってくる。

関門や4時間という制限時間はたしかに厳しいけれど、来年もトレーニングを積んでこの大会に参加したいと強く思いました。

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レースのラップ

0〜5キロ 28:15
〜10キロ 26:40
〜15キロ 26:56
〜20キロ 27:14
〜25キロ 27:46
〜30キロ 28:44
〜35キロ 29:45
〜40キロ 29:42
〜ゴール 13:52 (ガーミンの誤差とスタートの位置の関係で2.37キロ)

グロスタイム 3時間58分54秒
マラソン女子の部 297位/559人
2012.11.23

大田原マラソン完走記 その1

朝起きて、お餅を2つ食べてから家を出発。6時20分東京発の新幹線に乗った。東北新幹線ってあまり乗ったことがないので、とっても新鮮だ。念のため指定席を取っておいたけど、ほぼ満席だったので正解。新幹線の中でおにぎりを2つ食べて、ウトウトしている間に那須塩原駅に到着。駅からは無料のシャトルバスで約20分。15分ほど待ってバスに乗った。

受付会場の県北体育館に入る前にスペシャルドリンクの受付があった。7か所に預けられることになっているが、私は4か所。15キロ、25キロ、35キロ地点に、ピーチネクターとザバスピットインゼリーにアミノバリューの粉を溶かしたものを、39キロ地点にパウチに入ったリンゴ入りヨーグルトを置くことにした。

受付を済ますと、暖房の効いた体育館の中で着替えたり、待機したりすることができる。女子更衣室になっていた武道場は、広くて清潔で超快適、着替えた後も2階の観覧席で座ってスタートまでの時間を過ごした。女子は参加者が少ないこともあって、トイレ待ちはほぼゼロ。男子も他のマンモス大会に比べると、待ち時間は短そうだった。荷物は観覧席に放置、貴重品は預かってもらえる。

30分前にスタート地点である競技場に向かった。外は小雨交じりで寒かったけど、雨はスタートすぐに止み、ほぼ無風の素晴らしいコンディション。

スタートのブロック分けは、〜3時間、3時間〜3時間半、3時間半〜、とザックリ。後ろの方に控えめに並び周りを見渡すも、仮装ランナーはほぼ皆無で(タイガーマスクとレインボーアフロとポケモンの3人だけだったと思う)、本当にシリアスランナーばかり。

タイムはグロスのみなので、号砲が鳴ると同時に、忘れずにガーミンのスタートボタンを押した。

後方からのスタートだったとはいえ、スタート地点までのロスタイムはたぶん数十秒。競技場を出たところのボトルネック渋滞でのロスと合わせると2分弱で、ほぼ想定どおり。

今回のレースの設定ペースは、12.7キロの第一関門までは5分24秒/km、それ以降は行けるところまで5分半で粘るというもの。サブ4がやっとの私たちには第一関門が明らかにきついので、第一関門はあえてギリギリで通過する作戦だ。トムはオーバーペースを防ぐために、私に付いて走ると言う。

コースの前半は緩やかな下り基調なので、ペースが速くならないよう、まめにガーミンをチェックしながら走った。おかげで予定通りのペースで走ることができ、第一関門を打ち切り2分前に通過。17キロ過ぎにちょっとだけ折り返す部分があって、自分の前後のランナーの姿を見ることができる。後ろにはあまりランナーがいなかったどころか、最終ランナーと後方監察の車とパトカーと収容バスの姿を発見。わかっちゃいるけど、こんなに近くにいるのはプレッシャーだなー。第一関門で引っ掛かったと思われるランナーが数人、ゼッケンを外して歩道を走っていた。

関門を通過した後のお楽しみは、15キロ地点に預けておいたスペシャルドリンク。ドリンクが置かれたテーブルはゼッケン別に12か所に分かれており、とてもわかりやすい。私のスペシャルは7番のテーブルにあるはず…。

あったー!無事再会できて嬉しい。そのうえ、同じテーブルには4〜5個のドリンクしか残っていなかったので、迷うことなく、スピードも落とさず、スムーズに取ることができた。タイムが遅いってのも、悪いことばかりじゃないのね。

24キロくらいまでは下り基調が続くので、ペースが落ちることもなく、レース展開はとっても順調。トムと一緒にずっとおしゃべりしながら、楽しく走った。
2012.11.21

大田原マラソンのウェア

大田原マラソンまであと2日。楽しいカーボローディング期間のはずなのに、今回はなんとなく食欲が今ひとつ。トムがいないからかなー。

当日の大田原の天気予報は曇りのち雨。最高気温は13度、最低気温は4度。雨が降り始める前にゴールできればいいけど、雨対策が必要になってきた。気温も東京に比べれば低いし、これで風が強かったらつらいなー。雨の量によっては、バイザーではなくて撥水キャップに変更。グローブも撥水加工してあるものにしなくちゃ。

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ウェアは、左が雨が早くから降りそうだったり、体感温度が低い時用。右が暖かい時用。インナーにはファイントラックも着る予定。鈍足ランナーとしては、寒いのが何よりつらいの…。

fc2blog_20121121160658892.jpgスペシャルドリンク用のボトルも作成終了。ボトルそのものは、ポカリスエットの200mlくらい入る小さいボトルを利用。テープで少しデコって、割り箸でゼッケンと名前を付けた。たいていの人は明るい色の紙でゼッケン用の旗を作ると思うので、あえてダークな紫に。中身は、ピーチネクターとザバスのピットインリキッドに、アミノ酸の粉を溶かす予定。私は一度にたくさんの液体を飲むのが苦手なので、ネクターを少なめにして全体をボトル半分以下の量に抑えます。トムは一カ所にレッドブルを仕込むんだって。

レースはずっと関門との勝負になると思うので、関門の時間と距離を手の甲にでも書いておこうと思う。収容バスに追われながら死に物狂いで走る自分の姿を想像すると、緊張で軽い吐き気が。あぁ、トムと一緒に頑張ろう。
2012.11.16

大田原マラソンまであと1週間

たまにはランのことを。

あんこの介護の合間を縫って、ちゃんと走っている。多少予定が狂うこともあったけれど、順調に練習メニューをこなしてきた。

10月から11月の頭にかけてはあんこの介護が大変だったので、常に睡眠不足。食欲もなかったため体重と体力が落ちた。トムは出張や飲み会でほとんど家におらず、精神的にもきつかった。それでも日々走っていたが、予定していたペースで走れなかったり、20キロの予定だったのがしんどくて15キロに変更する日があったり、とにかくランのほうも調子が悪く、レースに向けて不安が大きかった。

それが、ここ10日くらいで復活。あんこの発作が減って私の睡眠時間が増えた途端、食欲が増し、ランも好調。睡眠って本当に大事なのね。

とはいえ、大田原マラソンは時間制限4時間の厳しい大会。途中で関門も4ヶ所ある。なにせ、参加者の20%以上がサブ3ランナーというとってもガチな大会なのだ。持ちタイムがギリギリサブ4の私にはまったく余裕などなく、当日の体調や天候でさらに厳しい状況になりえる。特に最初の関門がきつく(後方スタートとなる私はスタートでのロスが2分ほどだと予想される)、最初はゆっくりめに入るということができない。むしろ、最初の関門までの11キロで1番ペースを上げないといけないかも。

私以上に心配なのがトム。週末しか走っていないし、追い込んだトレーニングもほとんどできていない。10月と11月は出張ばかりで、体調も万全でなさそうだし、体重も落とせていない。今度のレースも直前まで海外出張。ピーキングやらカーボローディングどころではないだろう。

動物病院で寝たきりのあんこを面倒みてもらえるか心配だったけど、昨日相談したところ、預かってくれるとのこと。私たちは日帰りで大田原に行ってくるけど、あんこは前日の夜から預かってもらうことになった。

あんこを預けてまで走りに行くのだから、なんとか時間内に完走しなければ、と思う。

大田原マラソンでは一般ランナーも自分のスペシャルドリンクを途中に置いてもらえるので、ただ今中身を考え中。入れ物の目印(飾り付け?)も工夫しなければね。
2012.11.14

あんこの排泄事情

薬を変えて以降あんこの発作は減ったけど、まったくゼロになったわけではない。「今日はけっこうごはんを食べた」とか「今日の発作はつらそうだった」とか言いながら、日々が過ぎて行く。

さて、今日は思いっきりウンチとオシッコの話です。老犬介護では絶対避けて通れない問題なのでご容赦ください。

あんこのウンチは、私の肛門マッサージによって定期的に出される。基本的には1日に1回、寝ているあんこの肛門を時計回りにマッサージをして、中身がありそうだったらそのまま継続、あんこがいきみ始めたら体を起こして後は自力で出させる。体を起こしても、あんこは自分の脚で立つことはできないので(ナックリングしてしまう)、私が全身をガッシリ支える。若い時に比べると力が入らないのか、ウンチを出すのもひと苦労。「あんこ、頑張れ、もうすこし、もう少し!」と、私も精一杯応援しつつ、不安定な自分の姿勢をキープする。無事出し終わったら、あんこはグッタリ脱力、私もグッタリ。一緒に頑張ったから、ウンチさえ愛おしい。

ただ下痢の時は、寝たままウンチをしてしまい、私も気付かない。少し前、夜、人間のベッドで一緒に寝ている時にウンチをしているのに気付かず、寝ぼけたまま「あんこ、臭いオナラしたんだなー」と3時間ほどそのままウンチと一緒に寝てしまった。朝起きて、あんこの毛布をめくってビックリ!

オシッコはつい数日前まで、外に抱っこで連れて行って、歩道の植え込みの脇でさせていた。抱っこして道路を歩いている時にオシッコしたことがあったので(小便小僧のようだった。通行人もびっくり)、部屋を出てマンションの敷地外に出るまではいつも緊張。マンションの中でそんなことがあったら大変だ。毎日早起きして、人の出入りがほとんどない時間(5時頃)に行ったり、とにかく気を遣った。犬を飼うならやっぱり一戸建てだなー。無事外に出ても、自立できないあんこにオシッコをさせるのは大変。土の匂いを嗅ぐどころではない。体を支えて、あんこがもよおすのを待つ。オシッコが出なくて数時間後に出直すこともあった。雨の日も風の日も同じ。道路脇で犬だかなんだかわからないふにゃふにゃの生き物を抱っこしてしゃがみこむ私を、通行人は全員ガン見。そりゃそうだよね。話しかけてくるもいる。

ある時、体を支えながら膀胱を圧迫したら、うまい具合にオシッコをし始めた。前回病院に行った時に、一応強制排尿の仕方も教わっていたのだ(普通は寝た姿勢でさせる)。それからは外に行くたびに毎回膀胱を押してオシッコさせるようにした。

そして先日ついに、家の中でオシッコをさせることに成功。お風呂場に連れて行き、体を立たせ(足は立たないので私が右手と右膝を使って抱っこ、微妙に足は浮いている状態)、左手で膀胱を圧迫。ちゃんとできるようになった。あんこも私も、なんだかすごい体勢だ。本当は寝たままさせたほうがいいのかもしてないけど、寝たままだとどうしてもお腹や脚が汚れちゃうもんね。

こうして、あんこの排泄にともなうストレスはぐーんと減った。老犬介護で1番大変なのは、夜鳴きと排泄関係だと思う。あんこは夜鳴きをしないのでもともと楽なほうだったけど、これでさらに楽になった。あんこ、ありがとう。これなら私もいくらでも頑張れるよ。
2012.11.07

あんこの発作

動物病院に行って、抗てんかん薬(フェノバール)が効かないことを話し、違う薬を出してもらった。セルシンという、一種の鎮静剤。これがまあ、びっくりするくらい効いた。

こんなふうに仰向けになって、四肢をばたつかせる激しい発作はなくなったし、この激しい発作の前後の細かい震えもなくなった。


ちょっと呼吸が荒いことがあるので、これが発作の名残りかと思ったりもするが、前に比べるとずっと良い感じ。そのうえ、私たちの夕食の「チキンソテートマトソースがけ」に鼻がぴくぴく反応したので、小さく切って口の前に持っていったら、自分でパクリと食べたのだ。固形物を自分で食べるのは1週間ぶりくらい?もっと久しぶり?

夜もあんこは久しぶりに3時間以上続けて眠った。それどころか夜11時に寝てから、朝5時半のオシッコの時間までまったく起きなかった。当然、私も久しぶりにゆっくり眠った。

もともと睡眠命で、1日8~9時間の睡眠を死守していた私。あんこの徘徊が始まってから、寝たきりの今までずっと、1度に3時間以上続けて眠れることはなかった。細切れでなんとか睡眠時間を確保しても、1+2+1+3は決して7時間分の満足な睡眠にはならず、慢性的な睡眠不足と疲れが抜け切ることはなかった。あぁ、続けて眠れるって本当に素晴らしい。これもあんこがぐっすり眠ってくれたおかげ。

そして、トムが出張から戻ってきた昨日は、ついにベッドで川の字になって寝た。トムと私の真ん中にあんこ。あんこは手脚をを伸ばして右に向いて眠るので、顔はトムのほうを向き、背中側が私。普通のダブルベッドなのでスペース的にはかなりきついが、体が小さく寝相がとっても良いトムと私ならギリギリなんとかなる。うめこはしばらく考えた末に、私のお腹の上に寝た。なんだか暑苦しい。でも幸せ。

自宅滞在時間12時間で国内出張に旅立ったトムも、想像以上に元気なあんこの様子を見て喜んでいた。

fc2blog_2012110723280195a.jpgあんこは首が右に曲がってしまうので、寝る時はいつも四肢を伸ばして右を下にして寝る。でも床ずれや体の筋肉の硬直を少しでも防ぐために、たまには違う姿勢で寝てほしい。左を下にして寝ると、体がバネのようになって起き上がってしまうことが多いのだけど、手脚の位置をうまく調整して、顎の下に枕を敷くと、けっこう長い時間この姿勢でいられる。いつも右が下になっているので、右半身の毛は寝ぐせでボサボサ。

私のブログを読んで下さっているbowwowさんサコリンさんにあんこのことをお話しして下さったことがきっかけで、サコリンさんが人間用の流動食をわざわざ送って下さった。この流動食は、今年の6月に亡くなった、サコリンさんの愛犬金太郎くんが食欲がなくなった時に頼りになったものだそう。見ず知らずの私やあんこのことを、こんなふうに応援してくださる方がいるというのは、本当に有難いこと。おかげさまで、あんこもまだまだ頑張れそうな気がしてきました。

今日の昼間、バルコニーであんこを抱っこして日向ぼっこをした。小さくなった体で、おとなしく私に抱かれるあんこを見て泣けてきた。とても幸せだと思った。老犬介護は神様がくれた宝物の時間。なるほどね。
2012.11.04

うめこのヤキモチ

あんこは抗てんかん薬(フェノバール)を飲み始めた。でも、大きな変化はないな〜。あいかわらず小さな発作は日に5回は起きている。もう少し続けても改善しなかったら、違う薬に変えてもらおうかな。

トムが出張の間、あんこと私は一緒に人間のベッドで寝ている。腕枕はせずに、あんこも布団をベッドの上に敷いて、ただ横に並んで寝ているという感じ。

今まで、夜中にあんこの発作が始まると、トムを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、あんこのそばにしゃがみこんで30分以上過ごしていた。それが一晩に2〜3回。脚はだるいし、最近寒くなってきたし、けっこうつらかったのだが、一緒に寝ることで一挙に楽になった。布団にくるまり、横になったまま、あんこの様子を見ていられる。もちろん、発作が落ち着いて水を飲ませる時や、よだれ受けのタオルを交換する時には、布団から出なければならないけど、今までよりずーっと楽。さて、トムが出張から戻ってきたらどうしよう。

昼間はあんこにベッタリだけど、夜はベッドで私をひとり占めできるので、なんとか今まで我慢できていた、ヤキモチやきのうめこ。私があんこと一緒に寝るようになってから、ベッドに来なくなった。最後の砦のベッドをあんこに奪われて、あんこは明らかに不機嫌だ。

こんなふうに、部屋の隅のキャットタワーでふて寝をしたり、


fc2blog_201211041809341f7.jpegベッドルームに向かってガンを飛ばしたり。


そしてついに先日、驚くべき行動に出た。

うちに来てから8年間、1度もトイレの失敗をしたことがなかったうめこが、ダイニングチェアの座面(布製)にオシッコをしたのだ。わざとなのか、ストレスで漏らしたのかは不明。

うめこには悪いことをした。うめこが手のかからないいい子なのを良いことに、何でも後回しにしてしまっていた。ごめんね。